長野地方裁判所松本支部 昭和42年(借チ)2号 決定 1968年1月22日
主文
申立人が相手方に対し金一万五、〇〇〇円を支払うことを条件として、申立人が別紙(一)目録記載の土地の賃借権を譲受けることを許可する。
右土地の借賃の金額を一ケ年金八、五〇〇円とする。
理由
本件申立の要旨は、
「申立人は別紙(一)目録記載の土地の上に存する別紙(二)目録記載の建物(該建物の前所有者は細野光治)を昭和四二年八月二八日代金三八万三、〇〇〇円にて競落によつて取得した。そこで申立人より相手方に右建物の敷地たる別紙(一)目録記載の土地の賃借権の譲受承諾を求めたが、相手方は明渡しを求めるのみで、協議が成立しなかつた。ところで申立人は肩書住所で飲食店を経営しているほか相当の資産を有し、右土地の賃料の支払については何等の不安もない。それ故申立人が右土地の賃借権を譲受けても、賃借人たる相手方に不利となる虞れはないというべきである。よつて右譲受につき賃貸人の承諾に代わる許可の裁判を求める。」というのである。
よつて検討するに、申立人の陳述および本件において調べた資料によると、別紙(二)目録記載の建物はかつて細野光治の所有であつたところ、申立人が昭和四二年八月七日右建物につき当裁判所から競落許可決定を受け、同月二八日代金三八万三、〇〇〇円を支払つてその建物を取得し、同月二九日申立人名義に所有権移転の登記を経たこと、そこで申立人は右建物の敷地たる別紙(一)目録記載の土地の賃借権を譲受けるべく、その所有者たる相手方およびその妻と会つてこれが譲受についての交渉をしたが、相手方は長男に任せてあるから長男に話してくれといつて応ぜず、またその長男もこれを承諾せず、右土地上に相手方において離れ座敷を建てるためこれを使用したいとして却つて申立人に右建物の収去と該土地の明渡しを求め、当事者間による協議が成立しなかつたことが認められる。
右の事実によると、申立人は借地法第九条の三第一項において申立権者として予定されている賃借権の目的の土地上に存する建物を競売によつて取得し、該土地の賃借権を譲受けようとする賃借人に該当し、右規定に基く許可申立をなしうる適格を有するものというべきである。
そこで進んで右土地賃借権の譲受により賃貸人に不利となるおそれがあるかどうかについてみるに、本件で調べた資料によると本件土地は旧梓村道六八八号線の南側に沿つて存在していて、右旧道を距てて北方は梓川村立梓川小学校の校庭であり、その西隣りは相手方の居宅敷地となつていて、梓川村役場の新庁舎も近くに建てられているという位置にあり、さらに本件土地上に存在する前記建物には現在何人も居住していないが、右建物は今後相当期間使用にたえる建物であり、しかも相手方は右建物の前所有者であつた細野光治から昭和三八年以降五ケ年間事実上本件土地の賃料の支払を受けられなかつたものであるのに、申立人は右建物の前所有者であつた細野光治が昭和三八年以降五ケ年間分の地代の滞りがあつたことを同人からの手紙によつて知るに及んで、昭和四二年一〇月九日同人に代つて年額金一、〇〇〇円の割合で計金五、〇〇〇円を同人の相手方に対する本件土地の延滞賃料分として供託しているほか、資力も相当にあつて、その資金面もしくは信用の面で従前の本件土地の賃借人であつた前記細野光治に劣るものではないことが認められる。
以上の事実によると本件土地の賃借権の譲受を申立人と許可することによつて賃貸人たる相手方に不利となるようなおそれはないというべきである。
そして本件に顕われたその他の事情等を考慮しても、本件土地の賃借権の譲受の許可を不相当とするような事実は窺い知ることができないから、本件申立はこれを認容すべきものとする。
次に附随裁判所について考えるに、本件においては賃料の増額および財産上の給付の点について考慮さるべきであると思われる。
ところで申立人の陳述および本件で調べた資料によると、本件土地の前賃借人であつた細野光治およびその先代に対する当初の賃料は一ケ年につき籾一俵を基準としたこと、本件土地の三・三平方メートル当り価格が金五、〇〇〇円と評定されうること、右細野光治は本件土地の賃料としては昭和三五年以降昭和三七年までは一ケ年一、〇〇〇円の割合でしか相手方に支払つておらず、昭和三八年以降は前記建物を空けたままの状態にしていてその賃料を相手方に支払つていなかつたこと、相手方およびその家族は本件土地を自ら使用したいとして申立人による賃借権の譲受の申し出を拒否していること、また相手方の居宅は本件土地の直ぐ隣りであつて、本件土地を相手方が使用する便益が極めて大きいこと、他方申立人は本件土地上の建物を取得後相当額の費用を投じて修理をなしており、現在では右建物は今後とも相当期間使用しうる建物となつていることが認められるので、当事者双方の利害調整のために本件土地の賃借権の譲受を許可するにあたつては申立人に対し相当の財産上の給付たる承諾料の支払を命ずべきものと考えられる。
そこで右事実に加え本件土地の場所的関係、従前の経過その他本件に顕われた諸般の事情を考慮し、かつ鑑定委員会の意見を徴した上、財産上の給付たる承諾料として申立人から相手方に金一万五、〇〇〇円を支払わしめることを条件として申立人に本件土地の賃借権の譲受を許可し、その賃料(借賃の金額)については年額金八、五〇〇円とするのが相当と認める。
よつて借地法第九条の三第一項に則り説示の理由により主文のとおり決定する。(柳原嘉藤)
(別紙)
目 録
(一) 目的土地
長野県南安曇郡梓川村大字梓字添二、二五七番イノ二
宅地 四二九・七五平方メートル(一三〇坪)のうち別紙図面表示の一一〇平方メートル
(二) 建 物
右地上に存する(家屋番号二区八番)
木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建居宅 一棟
床面積 一四・九四平方メートル(四坪五合二勺)
附属建物
木造瓦葺二階建居宅一棟
床面積 一階 一八・六七平方メートル(五坪六合五勺)
二階 二二・四一平方メートル(六坪七合八勺)
木造瓦葺二階建居宅 一棟
床面積 一階 二六・六七平方メートル(八坪七勺)
二階 一三・六一平方メートル(四坪一合二勺)
(別紙)図面<省略>